ようこそ、農業 福島園へ。
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私は、2008年に大学を卒業し、農家である祖父母の後を継いで、これから百姓として生きることを決めた26歳です。ここ福岡県宗像の地に腰を据え、地域に根ざした百姓として生きるとは何かを感じながら農業に取り組んでいこうと思います。
農業への想い
私が通った大学、九州東海大学(2008年度より東海大学に統合)は日本でも有数の農業県である熊本県の阿蘇にあります。私の農業に対する意識は、大学での4年間に大きく左右されたと言えます。特に、専攻していた果樹園芸でブルーベリーと接した経験は、卒業後にブルーベリーを栽培するきっかけとなりました。また、熊本では畑作が多く、施設栽培なども盛んで、在学中はそういった農家のアルバイトに行くことも多くありました。この経験が、稲作農家である実家に帰ってきてからも野菜栽培に興味がある理由の一つになっています。
植物をどう育てるのかは、農家一軒一軒によって違います。私の場合は、大学での先進的な農学の見地に触れてきましたので、持続可能な農業や環境保全といった観点から農業を考えることが多いと言えます。そのため、植物を育てる上では農薬や化学肥料の使用に対する忌避感を強く抱くようになりました。実際に、農薬や化学肥料の有害性を示す事例をよく耳にしました。そのため、私は植物を育てる上で、農薬や化学肥料を使わない前提での作物生産を志します。

福島光志と祖父母 - 自宅前にて
福島光志
私は福岡県北九州市で育ちました。幼少期より母方の実家である宗像の祖父母の家によく遊びにいっていました。そのうちに、そこで見た農家の生活に憧れるようになりました。そして、その祖父母には後継ぎがいなかったこともあり、私が養子になり農家の後を継ぐことになったのです。高校在学途中から祖父母の家に移り住み、その働きを間近で見てきました。高校卒業後は、熊本の大学へ進学して学問としての農業を学びました。そして2008年、その大学を卒業して実家にもどり、祖父から仕事を教わりながらの農業生活が始まりました。
祖父 好宏
祖父は、現役時代は左官との二足のわらじでした。左官を始めたきっかけは自分の家のセメントを自前で塗ったのを、左官屋に認められ、やってみないかと言われたことがきっかけだったそうです。
祖母 サヨ子
祖母はその祖父の左官のてごを長年してきました。その後はてまり教室で講師を20年続けたことが今でも自慢だそうです。冬になると、ストーブの前で編み物をしたり、裁縫をしたりと器用なおばぁちゃんです。
寡黙な祖父とおしゃべり好きな祖母、変わり者の孫の三人で暮らしています。




